2012年02月25日

エルムンドとばるでぃあくん

まずはじめに、
もともとうちには2台のHDDレコーダーがあって、相方と私それぞれ持ち寄ったものであって
私の東芝機は2003年度購入、地デジを知らないひとであって、地デジ完全移行化のあとは軒並みダビング一切不可を出し、
お友達に録画してもらったデジタル機でのディスクを再生してくれない、頑固者であった。

昨年12月のNHKぷろふぇっしょなるず、すまっぴ特別版は、HDでなくレートを計算して直接ディスクに焼く(しかもその時間留守)という荒技に出たら、いつもえねちけで時報合わせしていたHDDが、受信が止まったため時計が狂って、数分のディレイが起こった。怒った私だが、機械相手なので仕方がない。頭がちょっと切れたけど、お尻はちゃんと録れていた。

相方は見たら消す、を常としているので、不便はないが
私は録画したものを残したいモノがあるんだっつーの!!!と再三直訴した結果
あまりに私が不機嫌なので、相方がブルーレイを導入してくれた。
新しいお友達、東芝の、ばるでぃあくんである(拍手ー)

前のが東芝機だったので、使いやすいかなって思ったのだが

そうでもなくて

導入2ヶ月。
そこで発表されたのが、めったにテレビに出ない、愛すべきピアニスト榊原大氏が、NHKBS1で一週間出演すると言う。それも生放送。
録画は出来る。が、うちはテレビ難視聴地域で、CATVに加入が必要なのであるのが原因で

めんどくさい。

のでありました。観るのも録画するのも。

夜の11時。大ちゃんは優雅でしゃれおつな演奏を見せてくれて、幸せでした。
相方が「なんか肌艶よくなったんじゃない?」と言った(数年前にコンサートに連れて行ったとき、妻がサインもらって握手してもらったのを間近で見たのと比べて。んだよ、シットか?え?え?)
大ちゃんはー、かっこいいんですー、何かー?

それはさておき。
編集もめんどくさい。
録画環境、頼む、もう変わってくれるな。ここまでは着いて行くけど、この先は知らんぞ。って感じ、だ。
一週間分をやっとこ編集して、これから(明日ね)ディスクを選んで焼こうと思います。

ところで、NHKの夜の放送らしく、なヴぃげーたーがくりぺぷみたいなバイリンガルで、アシスタントが日替わりのバイリンガルの女の子で。
金曜日の子が可愛いなあ、こんな美人で英語も日本語も流暢なバイリンガルなんて、いいなあ生まれ変わりたいなあ、なんて思ってたら
くりぺぷもどきが「ねえシャンティ」って

シャンティって
ゴダイゴのドラマー、今年還暦(余計な情報)のトミー・スナイダーの娘さんじゃ?

超可愛い。
でも結構キャリアがあって
横浜フリューゲルスがマリノスに吸収直前のサポートソングを歌っていて(ミッキー吉野御大プロデュース)私、CDシングル持ってるよー。

2010年、メジャーデビューだそうで。仕切り直しして、活躍しているんだね。
昨日の放送は、アー写に比べて特に可愛かったと思います。

そっかあ。
タケカワのおじちゃんちの娘下二人も歌手活動してるものね。基ちゃんはアジア相手だしね。
七光バンドできたらすげえなー、なんて思ってたのも今は昔。

5歳で天才シンガーだった、ナディア・ギフォードちゃんも、すっかり大人になって
ここ数カ月で気付いた、名前変わったのって…もしかしたら結婚したのー、なんて詮索。

時代は変わるね、緩やかに行こう。足掻くな。うん。
posted by NEMUKO at 22:27| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 榊原大 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

タイムワープ・アゲイン!



ああ、まだ喉いてえ、がらがら。
叫び過ぎた。千秋楽前の最後のサタデーナイト、観劇。
チケット取ってくれた友人に、激感謝。

1988年夏、渋谷のシネマライズでのリバイバル上映がなければ
私は今の私ではなかったと思います。そしてその後に続いた浅草のライブ付き上映イベント。

「ロッキー・ホラー・ショー」

性倒錯者のドラアグ・クイーンのマッド・サイエンティストが、筋肉むっちむちの美少年の人造人間を作って、そこから巻きわくSFストーリー。意味なんかないわ。夢見てないで、夢になるのよ。

1975年の映画。
元はイギリスの小劇場での上演、37年たってもまだ大騒ぎ。
ブロードウェイとか映画の主演は、怪優ティム・カリー。
先月見た「スパマロット」の主演のアーサー王も、ティム・カリー。
2012年ティム・カリーダブルフィーチャー。ティム・カリー祭り。人生後にも先にもこれっきりの大イベント。

ロッキーホラーは、観客参加型映画で、観客みんなで突っ込み入れながらぎゃあぎゃあ騒いで楽しい映画です。
これが元のミュージカル舞台となると。
メインキャストの、ボンデージルックスのフランクフルター博士は、まっていました古田新太。

意味ないんです。
でもステキな空間なんです。
開場少し前に劇場で友人を待っていたら、メイクをして衣装を着たキャストの方が楽しそうにおしゃべりしたり、写真撮ったりしているんです。
だけど違ったんです。コスプレイヤーでした。それも見事な。
ロッキーホラーは、映画でもコスプレして客席で歌ったり踊ったりするんです。
そうだった…
映画イベントは何回となく足を運んだんだけど、実は舞台版は初めてでした。
そして、主演フランクフルター博士、初演の藤木孝さん、2代目のROLLYが、別役で3代目古田新太と同じ舞台に立つという。

まあ、盛り上がりましたわ。
フランク登場の場なんか、絶叫してましたわ。
すまっぴさんのコンサートでもないくらい、絶叫しましたわ。
お陰で2日経た今でも喉がひりひりしますわ。
友人の舞台通のKちゃんは、藤木さんの時から見ているコアファンで
昨年の横浜公演も見ていたそうで(横浜→福岡→大阪→東京のツアー)
千秋楽の一つ前だったので、まあ上がる上がる。
「客席の1/3の引いてる人たちっ!」とフランクに指摘されるも
フィナーレではほぼオールスタンディングでタイムワープを踊っていましたわ。
感想にならない感想で、燃え尽きました。

初めてスマホから、写真付きでブログのっけてみましたが(だらだらした本文はPCでね)。
日本語版初というCDも買って聴きました。
私はRHSのサントラコレクターで、なぜかタワレコで見つけた韓国語版(しかもなんか尻切れ的な)ももってたりして。

古田新太。ハズレなし。
私なんぞがいうのもおこがましいほど、すげえ。
そういえば、芝居に夢中で通ってた20代の頃
「役者に金を払うって、こういうことなんだよなあ」と思った、その「役者」が
古田新太(そんときの作品は生瀬さんとほぼ二人芝居の「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」初演だったと)だったんだよな、と思い出しました。

ロッキーがお姫様抱っこをできなかった、フランク博士だったかもしれないけど

またやらないかなー
と、密かに期待している私なのでした。ふるちん50になってもフランクやれそうだもん。
posted by NEMUKO at 16:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ステージ、シネマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

しあわせの、パン

「しあわせのパン」、映画は、未見でーす!(洋ちゃんファン、すみません)

昨今になって「水曜どうでしょう」に夢中な妹にDVDを貸してもらったりして
最近ようやく関東ローカル局の再放送をチェックし始めたドシロウトです。
やー、面白いっすねー。
でも、TBS帯ラジオと、東京ローカル(MX)「5時に夢中!」ファンとしては、チェックする番組が増えると消化するのにタイヘンなことになります。3局放送。

して。
エンガディナー(もしくはエンガディーナ)という焼き菓子をごぞんじですか?
クッキー地にくるみの餡を挟んで焼いた、スイスのお菓子です。
バブルの頃に洋菓子屋さんで散見しましたが、最近ではあまり見かけない。
それが、前回の記事に書いた「ジュニアスタイル」にレシピが載っていたのでした。しっかり覚えていました(当時まだ実家にはオーブンがあったので、クッキーとかパウンドケーキくらいは焼いてました)。
発見したのが、「ジュニアスタイル」最終巻(翌月からタイトル「Junie」に変更)で、さすがに高校生の私も買っておったのでしょう。図書館でそのページを見つけたのは、もう眼精疲労起こしかけてた閉館1時間前でした。
懐かしく思いながらも、もう多分お菓子は焼かないし、この時代なのでレシピはネットのどこかに載っている、と思って、コピー(申請制なので時間がかかるの)はしませんでした。

で、エンガディナーを、検索すると
最寄駅(自転車で10分弱)のあたりに、行列のできるパン屋さんに、美味しいのがあるよ、と。
ある日バイトの帰りに自転車でふらふら探してみると、あったあった行列が。
寒い中店の前に並んで見ると、クーラーケースの中にでっかいチーズのかたまりが。
お店の中に入ると、ありましたあ、エンガディナー、一切れ。
前の前の女性が注文「えーと、エンガディナーとお、」え?これ品切れ?

幸いなのは切り分けで売る焼き菓子。店頭に並んでいたのはサンプル的だったらしく
私の番になったら、最後の一切れで、結果売り切れ寸前でした。
んでもって、名前を忘れたけど、くるみとブルーチーズとドライフルーツの小ぶりのパンを一緒に買って
お昼ごはんに頂いたんだけど

これがまた、うっめええええ!!!
さすが、行列のできるパン屋さんだ。

うちの近所には、トレイとトングのあるようなパン屋さんがないので(スーパーの中にもない)
ちょっといったところに、そういうこじゃれたパン屋さんがあったとは、目からうろこ。
また今度、ふらっと立ち寄って、行列に並んでみます。
そのまた近所に、ギャラリーカフェとかあったりして、あー、しゃれおつ!

うちのオーブンレンジ(15年弱モノ)は、取説どっかやってしまって、オーブン機能が確かめられません。調理中に不安になってオーブントースターに切り替えたことあります。頑張ってクッキーくらいなら?あーあ残念。
posted by NEMUKO at 14:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | NEGOTO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月31日

少女のチカラ

朝ドラ「カーネーション」を楽しみに観ている。
尾野真千子さん演じる糸子ちゃんが、今までになく負けん気の強い頼もしいキャラで、しかも可愛い。
ミシンを踏んで、ステキなお洋服を次々と縫いあげる。とってもおしゃれだ。

コシノ三姉妹の末妹(ミチコさんか)が、多分うちの母と同じくらいの年齢。
当時の女性のたしなみか、母も洋裁が好きで、私たちに沢山お洋服を縫ってくれて、私も裁縫好きを受け継いだ。
のは、実は生きるツテだったのかもしれない。

中学に入ると、母も仕事で忙しく、普段は制服があるので、
おしゃれしたくても、洋服を買ってもらえなかったのだ。
実はその頃我が家はシリアスエコノミークライシスに襲われていて、ムスメのシャレ心なんて二の次だったのであった(以下割愛)。お父さんお母さん育ててくれてありがとう。

まあ私だけに限ったことではなく
当時はユニクロもしまむらもなかったので、中学生はそう簡単に洋服を買ってもらえなかった。
そんな時に本屋で見かけたのが、新装創刊した「ジュニアスタイル」だったのでした。
ステキなハーフのスタイル抜群のモデルさんが、最先端のモードを超しゃれおつに着こなして笑顔。
しかもブランド重視の時代の先駆け、ティーン向けの可愛いブランドのお洋服の
「型紙」が、載っていた。

AKBの前田敦子ちゃんのCMように、15歳の自分に寄り添えたなら
「その雑誌、絶対捨てるんじゃないわよ。あとで縫えるようになるから。プレミアつくし、大事にとっときなさい、あ、2冊買うといいよ。1冊は保存用ね」
とアドバイスするでしょう(ああもういろいろ回顧モード入りまくり)。

鎌倉書房発行の80年代雑誌、ジュニアスタイル、後継誌Junieは、今現在殆ど古雑誌市場に、ない。

もう一度、あの雑誌をみたい。懐かしい気分にひたりたい。
しかし懐かしいあの雑誌は、とうの昔に処分してしまい、探しても見つからないのだ。

と、一つの解決策にぶつかる。

あれから約30年。わたくし、ヒマに任せて(バイトのシフトが間引きでだからああもうわかったから)
日本で発行された全ての書籍を蔵書とする


国立国会図書館まで出向きましたあ。
ヒマ人と罵ってくれ、構わないよ。


午前中に一用事済ませたので、昼過ぎに永田町に到着し
新しくなったシステム(IDとかログインPWとか、ここでもかよ)に入館手続きちょっと待たされて
入ったら入ったで蔵書検索も各々で端末でやれと。

制限で雑誌10冊まで?それは少ないんじゃ?
と思って、めいっぱい閲覧請求したら、カウンターで
「ワゴンで出しますから少々お待ち下さい」って…

どーん。

忘れておったよ。
わたし、国会図書館って、卒論の時に利用したんだけど。
昔の雑誌って、製本されてまとめられているのね。
つまり、5冊くらいが製本された1冊とされていて。

ごーんと積まれた雑誌の山のワゴンを押して、ひとさまの邪魔にならないところに席を取りました。

そのあとはもう、夢の世界。
1980年代は、魔法の時間だ。
かつて評論家大塚英志氏の「りぼんのふろくと乙女ちっくの時代」という本で、70年代に少女が実用性オンリーだった「モノ」にキャラクターという「記号」をつけて「可愛いわたし」を見つけて大ブレイク、という
、まさにドンピシャ世代だったと感慨深くなったことがありまして。
その後りぼんのふろくにときめいた乙女たちがDCブランドを闊歩する、みたいな説もあったんですが。
その間っこに「ジュニアスタイル」が存在した、と。
りぼんは漫画だし、付録はイラストだが、実在する「可愛いわたし」には「3次元のステキな生活」が必要であって。
食べるもの、着るもの、髪型、にきびが気になるお肌、暮らすお部屋、などなど。
80-82年までは、ちょー、時代がかっている。古い。さすがに、ださい。
それが、83年の新創刊の半年の間に、モデルさんは変わらないのに
魔法のように、可愛く、洗練されてしまっている。
そふぃすてぃけいてっど。

家庭科で被服を習って、スモック、スカート、パジャマを縫いあげたものとしては
上着、スカート、パンツの縫い方を習得していることになる。

編み物もしかり
棒針編みに憧れていた私は
中2の大事なテスト前に、こっそりセーターを編んでいた前科があるのだが
中3の家庭科の課題「編み物でなんかつくんなさい」に、皆が脱落してコースター一枚、だったりした中、ジュニアスタイルに載っていた、ピンクの縄編みアクセントのセーターを編みあげた。
それも載っていたよ。なんか偉かったね15歳のねむちゃん。

高校生になれば世界は広がり、新宿や原宿あたりにも行っちゃった気がする(いなかもの)。
あ、このブラウス縫った、あ、このスカート縫った、思い出ばっかり。
まだこの頃は実用的で、中高生が実力で縫えるものがちゃんと載っていて
スタイリッシュだなーと思う、DCブランドちっくなちょー可愛い服もパターンは載ってはいるけど、当時の自分にはまだ響かない。うーん。しかも今はもう着ることができない(涙)。

そして、高校3年くらいの受験の頃には、多分もう購読していなかったんだ、ということがわかる。

でもって、その頃には「ジュニアスタイル」が「Junie」にタイトルが変わって
ふんわりふわふわな、夢のようなガーリーな世界が広がっていくのであった。
私は実人生を生きていて、相変わらずエコノミークライシスな中大学に進学したので、こんどは「ドレスメーキング」というお姉さん雑誌に路線を変えて、キャンパスライフとともにミシンと仲良しライフを送るのでありました。独学極めて、最終的には裏付きの紺の襟なしスーツだって作ったんだぜ、やっふう。

ここまで約6時間、3年とちょっとの雑誌(読みモノはもちろんすっとばした)。
閉館の時間と相成りまして、ごろごろとワゴンを返却しました。
しかし知ってしまった。83年「ジュニアスタイル」の頃には、まだ庶民的なだっさい黒髪をむりくり聖子ちゃんカットにして横に流すのに人生賭けていた少女をターゲットにしていたのに
静かにバブルを迎える86年「Junie」になるころには、モデルのJuneちゃんやTinaちゃんみたいになりたい、と髪をねじって巻いて、ふわふわロングにしたい、みたいな夢見る少女のための雑誌になっていた。なんという変貌。恐るべき経済成長、おそるべしバブル。

ほんとうに、手元に持って眺めていたいくらい可愛らしい時代を、私は確実に生きていた。
だからこんなバブル女に…って、まあそれは時代だから。

今の子が見ても、絶対可愛いと思うんだ。惹かれるかどうかは別として。
観賞用雑誌。見たくなったら、国会図書館へ。

あ、
ジュニアスタイル時代に、ジョン・クリーズ似と夏目房之介似のハーフの女の子がいました(笑)。
可愛いんだけど…男顔な。
posted by NEMUKO at 17:49| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | ハンドメイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月28日

このところのあれこれ

先々週の話になりますが
勢いで、docomoのFOMA携帯をスマホに機種変しました。ノリで。

いまびっくらした。
パソコンだと「きしゅへん」が一発変換しないと。
最近の、あれがどーで、これがこーで、という話を片っ端からしたらキリがないが
そんだけ時代がすごいスピードで動いているということだ。
今、相方の留守をいいことに、モンティ・パイソンのDVDを観ているが、テレビシリーズは40年以上前なんだね(過激だがのどかだ)。
今年日本上陸したミュージカル、スパマロットが、面白かった(ついった調べ)との評を受けているけど
どの年代の人間がどう楽しんでいるか。それはその人の自由だけどね。
私は楽しかったよ。なるしとカヲルさん。


スマホにした理由は、

「今機種変するにあたってスマホにしなければ、世に乗り遅れる」の危機感があったからで。
会社で持たされていた時期を除いて、個人的ドコモユーザーもうすぐ10年で、家族割でぶら下がられている身としては、あいふぉんがいいのお、などとは言えず。
名前だけ古巣のXPERIAにしました。エリクソンブルー。なつかし。
こいつがまた。今は取説すらついてなくて、自分でなんとかセッティングしなよ、と
若者には楽しく、ケータイ文化の過去を引きずる中年には優しくないシロモノとなっていて、
気付くとキーボードが中国語対応になっていて(どうせいちゅーねん!)直せなくて泣いたり、業者のセッティングミスで電話帳が引き継がれてなかったり、「そんなはずないんだけど!」の執念でなんとか慣らしつつあります。なるほど、バッテリーの減りが早いこと。
着メロとか、もう気にしないんだ(壁紙だって思う通りにならないんだから・ピアニストの手元どアップ・サイズが変えられないらしい・ああ大ちゃん)。

新卒で入った会社で、携帯電話の新規立ち上げ間もない部署に放りこまれ、散々な目にあってから人生折り返し(え?)今こんな形になるとは。当時関東がサービスエリアではなかった為、大阪で試験操作実演のさなかで、分厚い取説読みながら社用車で自動車電話の操作して見事に車酔いしておえっぷとなっていたのもいい思い出だ。あ、携帯とは別に、自動車電話つうのもあったんですよ。バブルのステータス。

世間とはいい距離を保って生きていきたい。皆思うことでしょう。
でもテレビが面白くないので、ラジオを聴いていたら、小島慶子が番組降板するというし。
信じられないくらい安い洋服を売る店が、更に冬ものの値下げにかかっているし。
上品そうな人が支払いにお金を投げてよこしたり、雑そうな人が「ありがとう」とか声をかけてくれたり。
距離の測り方がよくわからないのです。
おじさんおばさんは頑固だし、ワカモノは素性を隠すし、コドモは可愛いんだか生意気なんだか。
そんなコドモを指導する資格の資格を取ってしまいました。
先週出席した講座でもって、願書を提出すれば、資格を貰えます。
小学生から高校生まで、段階を追って学校教育指導要領が変わっていくそうです。
英語に関して言えば、高校卒業時点で海外と渡り合っていけるくらいの英語力を求められるそうです。
高校の授業もオールイングリッシュで行われる科目ができるそうです。

…無理じゃね?
と思った私は既に指導者として失格なのかもしれません。
いや、やる子はやるよ。実際今の学生の英語力、私らの時代と比較にならないし。
でもおしなべて指導要領で全員が目指すとされたゴールとしてはどうなの?つう話で。

先週の土日の二日間、みっちり有難い講座を受講している間
「あー、こんな理想(じゃないけど)が実現されるなら、自分の人生やりなおしてえなあ」と思っていました。

私が英語を初めてならったのは中学校に入ってからなので、早期教育うんぬんはまったく経験ないのですが、
高校が普通科のギリギリめいっぱい英語の単位を取れるところで、リスニング(チャンツとか燃えました)やリーディングに力を入れた授業を受けられたし、今はなき「百万人の英語」フリークだったし、進学したらESS(正確に言うとESA)で嫌っと言うほどリサイトやら日本語禁止やら、昼休み奪われて叩きこまれたし(嫌だったー嫌いだったー泣いたーまじで)。

それを掘っていけば、マテリアルはたっくさん持っているのです。掘れば、の話ですが。
中学の時に、英語嫌いにならないでよかった。
あー、それがポイントなのかなあ。

英語話せると、アメリカ人やイギリス人はもちろん、ヨーロッパやアジアのたっくさんの人と話ができるよ。

それがわかれば、とっても楽しい。
そう思うのです。上海でだって通じるんだから。

モチベーションがあがりさえすれば。
それが、「仕事で必要だから」とか「企業に採用されるためだから」とかでなく
「楽しいから」だったら。

おばちゃんの、残された体力を総動員して
ここまで知っちゃったからには、頑張らなきゃなー。

と、一週間ぐだぐだかんがえました。

スマホのカバーも買いたいしな。そうだ、未来に向かう道具を入手したんじゃん。
posted by NEMUKO at 22:34| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | NEGOTO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

くつしたせいかつをきわめる

冷えとりを心がけている。
心がけているとは、なっちゃないということも含む。
相方(一応家長なので一番風呂)が長風呂すれば、押されて半身浴の時間が短くなるとか
お腹が空けばいっぱい食べちゃうとか。

昨年11月から、靴下基本6枚は続けている。
5本指の靴下が気持ちよくて、手放せないのである。
そすると、外出の際、着ぶくれて今までの手持ちの靴がはけない。
し○○らで買った、4Lサイズのブーツやクロッグスは、デザインも可愛いし大変役に立っている。
しかし、巷の冷えとりしゃれおつガールズは
えー、クラークスのブーツがあ、とか、ビルケンストックのお靴があ、とか
こじゃれたゆるいお靴をお勧めしてくる。
そっかあ、クラークスのブーツはいいのねえ、と思ってみるも
通常23.5もしくは24cmのぎり日本女性の通常サイズの足の持ち主であるが
試しにヤフオクで求めた、イギリス発祥のクラークスのレディース約25cmサイズのお靴は、靴下履いてはきつかった。残念。

これを基準に
クラークスの紳士ブーツを、海外オークションで競り落としてみた(しつこい性質なもんで)。
一回だけ履いたよ、つうものなので、古着感覚(やつらは履き古してへろへろのモノも出品する)、
婦人物が微妙だったので、いっそのことすっとばして、紳士物で、コンディションよさげで
本日届いたモノをはいてみたら、あらぴったんこ。
今日の靴下は、厚手MAX6枚履きだったりして
し○○らのブーツは安物過ぎて靴底が擦れてしまい、ワンシーズンものと割り切っても、このクラークスのブーツは絶対に結構持つわね。
靴底の溝に小石がびっちりハマりこんでいたのも、やー、イギリスらしいわー、とご機嫌で弾き飛ばしました。いつぞや現地のマーケットで古着の革のコートを買ったら、ポケットにくしゃくしゃになったティッシュペーパーが…
私はそんくらいのことではダメージ受けない性質ですすみません。

まあ春までこの紳士用ブーツ(しかも円高差益でし○○らのプロパーとそれほど差額がないと言う驚き)を履きまわしてるんたった♪な

国際交流は、こういう所でも大いに役に立つんだよ、若者どもよ。
嫌々英語習った結果がこれかあ、って、がっかりされないように。こういうとこでも役に立つんだよー!!!さあモチベーションあげよう。やっふぅ!!!
posted by NEMUKO at 18:27| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | NEGOTO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

モンティ・パイソンのスパマロット(ややネタバレ)

僕らは円卓の騎士、ジャムとかハムとか、スパムもいっぱい食べるよっ♪
SPAM a lot から スパマロット つう。

モンティ・パイソンの映画「ホーリー・グレイル」から、愛を込められパクられた(パンフより)ミュージカル。ブロードウェイで絶賛されたのを聞いてサントラ買ったのが2005年なので、想いは7年越しだったりします。「ホーリー・グレイル」を観る機会がなかなかなく、DVDを入手したのは何年前かなあ。イギリス映画史上ベスト10に入るコメディと言われますが、放り投げられて終わるので、やはり英国史を知らない日本人としては「へ?」となったわけで。面白いんですけど(TV版が好き派)。

ざっくりと、主人公であるイングランドの王、アーサー王が神のお告げを受け、円卓の騎士を集めて、聖杯を探す旅に出る、というおはなしですが。

映画版アーサー王、グレアム・チャップマン(パイソンメンバー・故人)
ブロードウェイ初演、ティム・カリー(ロッキー・ホラー・ショーの怪優で有名)
日本版、ユースケ・サンタマリア(ぷっすま「つよしぃ!」で有名)

そもそも、アーサー王と円卓の騎士達は、真剣に聖杯を探す気があったのか?
えー、よくわっかんなーい、って感じの

ゆっるーい
だいばくしょうー、な
休憩挟んで3時間近いミュージカルでした。

観に行ったのは日曜日の15日でしたが、なぜ今日が17日なのか。
感想に悩んでいたわけではありませんwww3歳の甥っ子が泊まりで遊びに来ていたので甥っ子接待でして。

脚本はパイソンメンバーのエリック・アイドルで、日本語版制作発表の時には初来日で(つうか、来日したことなかったんだ・マイケルはドジョウ鍋を食したというのに)、宣伝して帰ってらっさいました。筋はモノホンのトニー賞受賞のブロードウェイ・ミュージカルでした。
なので間違いはないはずです。面白くて、げらげら笑ったし、日本語版脚本が、おもしれえと評判なドラマ「勇者ヨシヒコと魔王の城」の、福田雄一氏で旬どころだったりしたし。

で、なんで笑ったんだっけ。

イングランド王がフランス人の城の門兵から「やーいやーい、おまえのかーちゃん、でーべーそー!」的にくっそみそに揶揄られる台詞とか(実際見せ場)、勢いとか、予測不能の動きとかで笑ったわけで。
感想、あー、面白かったねー、さーて夕ご飯は何にしようかな、みたいな。
それが初演から今まで評価されたポイントだったんだろうなあ、と、敢えて素直に。

お勧めです!(by宇多丸・TBSれいでぃーおー)

過去の主人公アーサー王が、ビッグネームで来ていたところで、ユースケですか?
いやユースケ好きですよ、大好きですよ、でもなんでアーサー王なの?
だって開幕してからユースケの評判全然出てこないじゃん。

出てきませんねー。だって存在感ありませんでしたから。
むしろ、存在感がない演出だったんではないかなあ、と。
というのは、むんぬすっごく強力な「池田成志」と「皆川猿時」が脇を固めていたから。
成志は成志以上でも以下でもないので(今年50さい)、舞台で輝かないはずがなく
カヲルさん(皆川さん)は「11人もいる!」のダイナミックパパで知られるように、95kg(申請)の体格で存在感を余すことなく披露し
台詞は今現在の日本を表現してやまないし、ネタもしかり(95kgにのされて「漬物の気持ちが判るかー」とか)。
だから、受けるんだよねー。

ブロードウェイやウエストエンドでミュージカルを楽しむ日本人ツーリストとは違って
日本語の出来るイギリス人が観ても、困惑してしまうだろう舞台だったんではないかと。

なので、日本人(それも若い子)には、「お勧めです!」
40年くらい前に映画だったのが、こんなに面白いミュージカルになったんだよ、「お勧めです!」
スパムって、安ハムの代名詞だったんだよ、「お勧めです!」

て感じでしょうか。楽しかったし、期待を裏切られた感も全然ない。
ただただ

2005年のブロードウェイを観たかったなあ…

英語の勉強をしよう。
生まれ変わったら、イギリス人になろう。
桃を食べよう(だから古い人間なんだって)。
posted by NEMUKO at 18:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ステージ、シネマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月06日

まだ松の内

明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いいたします。

まあ、しっかし、なんでこんなにゾンザイな生活になってしまったのか。
昨年は年明けと同時に仕事再開→半年持たずに近所に転職→そのまんまバイト生活。
という一年でした。

フルにお仕事していた時には独身だったし、
結婚してからはだらっと専業だった。
それが仕事(つっても扶養内のちんまりした)を始めたらどうなったか。

ムダな時間が増えました(おうのう)。早く寝るとか、早く寝るとか。もったいねー。

フルタイムで働けば、覚悟も出来るし誇りも持てるし、なによりそれなりの収入が得られる。
私はちんまり働いて、慣れない体育会系職場でやって怒られやらないで怒られして、しょげまくり。
なにより、家に帰る時間が夕方6時なのに、相方が先に帰っている可能性が高いこと(夏はまだ明るい)…
職住接近の功罪。残業がないと小学生並みの時間に帰ってくる。
録画をみるとか、本を読むとか、手仕事とか、一人でちまちまやることが好きな私は、
自分の時間が持てないのだ。子育てもしてないし、フルタイムワーカーでもないのに

今年は、新しい仕事を始めたい、それにあたって時間の調整を試みなければならんのだな。
今んとこ、お仕事のオファーが来ていないので(望み薄かなあ)、見込みから、きちんと認定資格を取ってから背筋ちゃんとして、次に当たりたいと思っております。


目のこまけークロスステッチやって、編み図のこまけー編み物やりたいんだよな。本当は。
コマカイモノができるのは、今のうちだっつーしさあ、はあ、哀しい。
posted by NEMUKO at 12:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | NEGOTO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

モリー先生との火曜日

浩司さんとの木曜日。
木曜日の午前中はお散歩の日・晴れ男の私の父、浩司さんは、いつも木曜日をいいお天気の中車椅子を押してもらって、お散歩を楽しんでいました。

何気なくスーパーの冊子を目にしたら、演劇系だったので、うちに持って帰った。
最終ページに載っていたのが、朗読劇「モリー先生との火曜日」のチラシで、江東区での公演だった。
ALS(筋委縮性側索硬化症)、父と同じ病に冒された「先生」と「僕」の物語。
朗読劇で、ヴァイオリン奏者が私のお気に入りの真部裕さんだけど、即行動には、最早江東区はちょっと遠いなあ。

でもつーんと気になった。
ネットで調べてみたら、1999年に映像化されていて、モリー先生がジャック・レモンで、「僕(ミッチ)」がハンク・アザレア。

日本版は15,000円超え(ひとけたちがいますな)、なので、輸入版をあまぞんで購入しました。
つーのは、私んちには、リージョンフリーのDVDプレイヤーがあるからです(やった)。

亡くなった父は、ジャック・レモンが好きでした。
じーっくり時間をとって、心の余裕ももって、観たいと思います。

日本で人工呼吸器が普及された、父が発症したその10年後。
決して「稀な病気」ではないのです。
声を失い筋肉の運動も失う病気を発症した、その人の人となりが、本人の意志さえあれば、ちゃあんと、表現できる時代です。

父の時には、あまりにもあわあわで、最期まで「絶望」という言葉は頭を過りませんでした。
それが、父と私たち家族の人生なのかもしれません。

その人生の一つを見せてもらいます。ジャック・レモンに(あとハンクにも)。
posted by NEMUKO at 14:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | NEGOTO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月15日

ミッキー吉野バンド狂時代 ゴダイゴナイト

まず今年のFNSで、布施明と松崎しげるのコラボを観て
ばらよーりうつーくしいいいい〜♪はミッキーの作曲だったなあなんて名曲なんだ、と思いを馳せ
ついったでRTされてきた情報に目を奪われる。

2011年12月13日、渋谷マウントレーニアホールにて、ミッキー吉野還暦ライブ、とな。

むずっ
行きたい虫がうずいた。
夏に射抜かれた、太鼓奏者のヒダノ修一さんが、現在のミッキーのバンドEnTRANSに参加しているのも大きな要因だ。
ゴダイゴも大集合となれば、もう行くしかないでしょう。と前の週にチケットの問い合わせをする、という。
はてさて。

第一部 EnTRANS
EnTRANSEは、渋いんですよ。
オープニングはこきりこ節で、締めはソーラン節でしたからね。
純日本の曲を敢えてやるのは、世界に打って出られる。なるほど。
ヒダノさんはオールマイティに、世界中を駆け回る太鼓ドラマーです。
腹に響くその力強い演奏をライブで目にしたら、ドーパミンでました。
また、ミッキーがとても彼を買っているという。天才は天才を見つける(うっとり)

トミー・スナイダーがケーキをもって現れ、Happy Birthdayをアカペラで。
みんなでお祝いする。きょー!
そしてその時だけいた蛭子さんは、何つながりだったんだろう…(まだ疑問)。なかよしなの?

間に1月公開、矢口史靖監督作品(ミッキー音楽)の映画「ロボジー」のトークセッション。
ロボットの中の人は、なんとミッキー・カーチスさんでした。
私予告編観たけど、本当にじじいだから(失礼)全然わかんなかったよ。
一曲ソウルフルなボーカルを聞かせてくれました。73歳現役シンガー。かっけー!

第二部 ゴダイゴ
「君は恋のチェリー」っつう、70年代の大林宣彦監督映画「HOUSE」のテーマ曲(超可愛いうた)でオープニング。

だが、皆さんテレビ(999とかキイを下げている)などでご存知の通り。
ボーカルのタケカワさんが、声が出ません。
歌えません。
自分の書いた曲なのに。
今も現役でソロライブとか続けているのに。

ひどかった(滝涙)

結成に至るまでのなつかしエピソードとか、すごく楽しかった。
ソロでやってたタケと、ミッキーが初めて会ったときのこととか、2人で全国プロモーションの時、長崎で1人で1本ずつカステラをまんまでかじって平らげた、とか。まず食べてばかりだったそうで。
2人ともだからそんなに…

んだけど
今回のライブではデビュー曲のA面B面を演奏すると決めていたそうで。

「僕のサラダガール」
「イエロー・センターライン」

名曲なのに、キイ高いし、リフレインが多いし、
なんかこっちが酷いことしてるみたいな気持ちになりました。

ゴダイゴの演奏は、本当に素晴らしいんです。
美しい詞と美しい旋律に子供の頃に触れられたことに、本当に感謝しています。
ただ…ボーカルが…昔が素晴らしかっただけに…まったくもって…惜しい…

まあ玉に傷とかいうし、タケが完璧だったらわたしゃどこまでも追っかけて行きそうだしね。
来年はタケカワさんが還暦です。なにやるのかなー。

終演後、ロビーで関係者の方にご挨拶をと出てきたミッキーにファンがわらわら寄って(殺到、とまではいかないけど)間近で見られて幸せでした。
客はもちろん立派な中高年(子供連れでも子供が大きい)、彼らの曲に育てられ、立派な中年になりましたとさ。

とにかく、美しいサウンドは不滅であることを、観ることが出来てちょーテンションが上がりました。中学生で初めてコンサートに行ったのはもちろんゴダイゴで、その晩興奮しちゃって眠れませんでした。近いもんがありました。寝ましたけどね、大人ですから。

まあ、歳末の大きなプレゼントを頂いた気持ちです。
これからもオノレの人生頑張って参りましょう。

60歳、おめでとう。
posted by NEMUKO at 11:45| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ゴダイゴ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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