うちの実家にはまだ仏様がいないので、お盆の実家帰りは後回しになり、本日私だけで日帰りで帰省。
おとっぴーの部屋に小さなくす玉が(写真撮ってくればよかった)。
聞くと、訪問入浴サービスの会社の方々が、先週の金曜日で通算1,000回のお祝いだって下さったんですって。
週2回。盆暮れ正月関係なし。暑い夏も寒い冬もいつもいつもおとっぴーをお風呂に入れて下さる。すこぶるありがたい。1,000回記念のその時の写真がまだ間に合わなかったみたいで、見たかったな。
反省すべきは、実は私がまだその訪問入浴の現場に立ち会ったことがないということ。独身時代から。いつも母がついているからまかせきりで、男親だからというのは言い訳だろうな。
来月ショートステイも入るということで、別口で近日中に訪問で散髪をして下さるサービスもあるという。今日は来られなかったが。
このようにして、病気は特殊ではあるが、「訪問介護」は私に直結している。しかし家を出る(はずの)娘は介護の手のカウントに入れないと、発症当時うちの超スーパーケアマネさんはおっしゃったので、姉妹二人してあたふたと家を出た次第である。
そのおうちそれぞれに事情はあるのです。
して、私はこの夏2回目か3回目くらいに、ストッキングをはいてスカートで実家に帰った。普段はノベツマクナシで黒のストレッチパンツだ。上はTシャツとジャージのスカートかチュニックワンピ。楽なんだもん。レギンスより可愛い。どうせチビだしさ。
で、母が思い出したように語った。
「あなたが小さいころね、鹿児島のおばあちゃんがストッキングをはいていたのをみて、つまんで「おばあちゃんどこかにおでかけするの?」って聞いたのよ。M(妹)が生まれたころのことね。」と言ったのだ。多分3歳。記憶にはない。
おばあちゃんは私が10歳の秋に亡くなり、その後バリバリの大人になって年頃も過ぎ行き遅れの感がなんとなく漂うころ(じいちゃんの懸念事項だった)、鹿児島のじいちゃんの見舞い(その年の晩秋に亡くなった)に行った夏、いとこのちっちゃい「あこ」が私のストッキングをつまんで、不思議そうな顔をしていたことを思い出した。
血だなあ…
ついでに、当時私が思い切って背伸びして大人の女目指してかけてたパーマヘア(まあ90年代を想像して下さい)に対して、高校生のカズヤが
「どうしてねーちゃんは、あんなヤンキーみたいなパーマかけてんの」
と、妹にこっそり聞いたそうだ。
ということも思い出した。ちくそー。
そのカズヤもこの夏父親になったらしい。
はよ連絡してこいや。
鹿児島の血は、ゆるくてうれしい。
posted by NEMUKO at 23:06| 東京 🌁|
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