2014年06月15日

時空を超えた奇跡―BIG ECHOの偉業

ご無沙汰加減も甚だしいですが。
相変わらずジョブホッパーで、パソコンが機嫌を損ねてせっかく行ったエクセル講習の復習もできず、スケジュールぎっちぎちにしていたら、ふらりと体調を崩し。
つかの間のお休みです。歳も重ねました。次の仕事こそ頑張りたい。私は普通の仕事を普通に全うしたいだけなのに、なんでこう現実はトラブル続きなんだろう(それが世間よおばちゃん)。

さておいて。ちなみにステマではありません。
一つ下の記事で、恩師ジョン・ブロウカリング氏との思い出をつづりましたが、ジョンに影響を受けた当時学生は全く少なくなく、去る14日土曜日、
Model Production 88の仲間たちと、ジョンを偲ぶ会をもちました。

まず当リハ場だった、当時東京水産大学(現東京海洋大学)のキャンパスを巡りました。
品川駅の港南口の再開発から15年くらい?みごとに迷子になりました。
 
結構忘れてるもんですね。
「なつかしー」「覚えてねえ」「ここで衣装合わせした」「このクジラの標本、当時どうなってたっけ」
当時使っていた中部講堂では、オーケストラ部が練習していました。
飲み会の場に移動、メンバーが当時の公演のVHSをDVDに焼いて、みんなで鑑賞会やろう、というのも会の目的のひとつ。
人数が多くなってきたので、近くのBIG ECHO 品川港南口駅前店に場所を移しました。

が、
趣旨を説明し、お店の方がDVD上映に賛同してくださったのに。
デッキがDVDを読まない。
友達が持ってきたPCでも読めない。
ファイナライズはしてあったはず。おうちで動作確認もしてもらっていた。

「あの!VHSのビデオテープなら持っているんですが、デッキお持ちではないですか!」
DVDを焼いた女の子が、お店の方に聞いてみた。
バックには、ナチュラルスキンヘッド(2名)を含む、いい年の男女14名。
「・・・わかりました。確認してみます・・・」
圧倒されたお店の方が、探しにいってくださった。

「ダメなら仕方ないよねえ」と、当時(50's)(理由なき反抗)のミュージカルナンバー、エルビス・プレスリーを爆音でかけてみんなで絶唱しました。
その後話は尽きないもので、語ること、入店1時間半は過ぎていたでしょうか。

扉が開き
そこに現れ出でたるは
VHSのビデオデッキ!

BIG ECHOの責任者の方でしょう。
この客連中のために
都内の店舗探しまくって
日付が変わる前に、運び入れてくれたのです。

What a surprise!
鳥肌立ちました。
動作確認、ちゃんと画面がきれいに映っている。
さらに鳥肌。

すげえ盛り上がりました。
しかしシンデレラタイム。12時回ると終電がなくなってしまう。
また上映会をするならば、BIG ECHO 品川港南口駅前店で決まりです。

相方とチョンガーズのアニカラもBIG ECHOに行かせます。
トマパイの歌(6曲くらいしかない)あったりするかな。

ひとつ大変なお詫びを。
DVD所有量がハンパないことで知られるジャニヲタの一端を担う私としては、VHSをDVDに焼くことは日常茶飯事だったことも、ああ、ありました。
それもつかの間。2年前ブルーレイにしてVHSの配線を繋げなかったら、ただのおばちゃんと箱二つ、と化してしまい、DVD焼くよ、に手を上げられなかったんです。
86年のターザンや、「Run for Your Wife」が見たい方がいたら、既にやいてあるので、DVD持っていけるんですが。

ひとつだけ
奈良橋陽子さんは、英語がとても優しくて易しい。
中学生だった頃の私のよちよち英語の土台になり。
そして演出する舞台はダイナミックに華やかに広がる。
Jonの舞台は、まずコンフリクト。
キャスとはジタバタもがいて、できなくて、涙を流して、演じるな、役を生きろといわれたらしい。
一方でスタッフともコンフリクトありきで怒りっぽく、ケンカばかりしていた。
それを俯瞰で(客席から)観ると、ポイント・オブ・ビューが確実に定められていて
観ていてとても観やすい舞台つくりだった。
高校生私が、陽子さんの次にJonの舞台を観て、どっぱまりしたのに、いま理由づけがされたきがします。
Fameの時、3年生になる春休みに「れんしゅうけんがくさせてくださいっ!」って代表者の方に電話までして。
それが大学受験のすげーモチベーションアップになったのでした。ねむちゃんの青春。


また身内話でブログを書いてしまいました。
榊原大さんのコンサートも2回ほど行き。むんぬすごくかっこよくて、
今年はあと2回分チケット取ってて、秋冬に決定してるのがもう2本あって。
すまっぴさんたちのツアーもあるとなると、ぷうたろうなんてしている場合ではないのだけど。

何を大事に心の奥そこにとどめておくべきか、なにに集中すべきなのか
人生40年以上生きてくれば、いろんなことができたはずです。
これから「できること」を過去の「できたこと」とリンクさせて
いい人生、おくって行きたいです。

梅雨の合間の青空は、目に眩しい。

バブルの子 -
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posted by NEMUKO at 14:10| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | NEGOTO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
NEMUKOさん、主人の思い出を書いてくださりありがとうございます。主人が皆さんと素晴らしいときを過ごさせていただいたことに心より感謝申し上げます。主人の研究室を片付けていると演劇の皆さんたちとの古い写真がたくさん出てきます。どれもとっても生き生きとした表情で、主人にとって演劇が如何に大きな人生の一部分であったのかがわかります。大学の仕事が忙しくなってからはなかなか演出という形ではかかわれませんでしたが、「またやりたいなあ」とよく申しておりました。それほど、皆さんとの日々が素晴らしいものであったのだと思います。ありがとうございました。(楽しいブログに出てきてしまってすみません。)
Posted by A.Brokering at 2014年06月21日 00:04
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