尾野真千子さん演じる糸子ちゃんが、今までになく負けん気の強い頼もしいキャラで、しかも可愛い。
ミシンを踏んで、ステキなお洋服を次々と縫いあげる。とってもおしゃれだ。
コシノ三姉妹の末妹(ミチコさんか)が、多分うちの母と同じくらいの年齢。
当時の女性のたしなみか、母も洋裁が好きで、私たちに沢山お洋服を縫ってくれて、私も裁縫好きを受け継いだ。
のは、実は生きるツテだったのかもしれない。
中学に入ると、母も仕事で忙しく、普段は制服があるので、
おしゃれしたくても、洋服を買ってもらえなかったのだ。
実はその頃我が家はシリアスエコノミークライシスに襲われていて、ムスメのシャレ心なんて二の次だったのであった(以下割愛)。お父さんお母さん育ててくれてありがとう。
まあ私だけに限ったことではなく
当時はユニクロもしまむらもなかったので、中学生はそう簡単に洋服を買ってもらえなかった。
そんな時に本屋で見かけたのが、新装創刊した「ジュニアスタイル」だったのでした。
ステキなハーフのスタイル抜群のモデルさんが、最先端のモードを超しゃれおつに着こなして笑顔。
しかもブランド重視の時代の先駆け、ティーン向けの可愛いブランドのお洋服の
「型紙」が、載っていた。
AKBの前田敦子ちゃんのCMように、15歳の自分に寄り添えたなら
「その雑誌、絶対捨てるんじゃないわよ。あとで縫えるようになるから。プレミアつくし、大事にとっときなさい、あ、2冊買うといいよ。1冊は保存用ね」
とアドバイスするでしょう(ああもういろいろ回顧モード入りまくり)。
鎌倉書房発行の80年代雑誌、ジュニアスタイル、後継誌Junieは、今現在殆ど古雑誌市場に、ない。
もう一度、あの雑誌をみたい。懐かしい気分にひたりたい。
しかし懐かしいあの雑誌は、とうの昔に処分してしまい、探しても見つからないのだ。
と、一つの解決策にぶつかる。
あれから約30年。わたくし、ヒマに任せて(バイトのシフトが間引きでだからああもうわかったから)
日本で発行された全ての書籍を蔵書とする
国立国会図書館まで出向きましたあ。
ヒマ人と罵ってくれ、構わないよ。
午前中に一用事済ませたので、昼過ぎに永田町に到着し
新しくなったシステム(IDとかログインPWとか、ここでもかよ)に入館手続きちょっと待たされて
入ったら入ったで蔵書検索も各々で端末でやれと。
制限で雑誌10冊まで?それは少ないんじゃ?
と思って、めいっぱい閲覧請求したら、カウンターで
「ワゴンで出しますから少々お待ち下さい」って…
どーん。
忘れておったよ。
わたし、国会図書館って、卒論の時に利用したんだけど。
昔の雑誌って、製本されてまとめられているのね。
つまり、5冊くらいが製本された1冊とされていて。
ごーんと積まれた雑誌の山のワゴンを押して、ひとさまの邪魔にならないところに席を取りました。
そのあとはもう、夢の世界。
1980年代は、魔法の時間だ。
かつて評論家大塚英志氏の「りぼんのふろくと乙女ちっくの時代」という本で、70年代に少女が実用性オンリーだった「モノ」にキャラクターという「記号」をつけて「可愛いわたし」を見つけて大ブレイク、という
、まさにドンピシャ世代だったと感慨深くなったことがありまして。
その後りぼんのふろくにときめいた乙女たちがDCブランドを闊歩する、みたいな説もあったんですが。
その間っこに「ジュニアスタイル」が存在した、と。
りぼんは漫画だし、付録はイラストだが、実在する「可愛いわたし」には「3次元のステキな生活」が必要であって。
食べるもの、着るもの、髪型、にきびが気になるお肌、暮らすお部屋、などなど。
80-82年までは、ちょー、時代がかっている。古い。さすがに、ださい。
それが、83年の新創刊の半年の間に、モデルさんは変わらないのに
魔法のように、可愛く、洗練されてしまっている。
そふぃすてぃけいてっど。
家庭科で被服を習って、スモック、スカート、パジャマを縫いあげたものとしては
上着、スカート、パンツの縫い方を習得していることになる。
編み物もしかり
棒針編みに憧れていた私は
中2の大事なテスト前に、こっそりセーターを編んでいた前科があるのだが
中3の家庭科の課題「編み物でなんかつくんなさい」に、皆が脱落してコースター一枚、だったりした中、ジュニアスタイルに載っていた、ピンクの縄編みアクセントのセーターを編みあげた。
それも載っていたよ。なんか偉かったね15歳のねむちゃん。
高校生になれば世界は広がり、新宿や原宿あたりにも行っちゃった気がする(いなかもの)。
あ、このブラウス縫った、あ、このスカート縫った、思い出ばっかり。
まだこの頃は実用的で、中高生が実力で縫えるものがちゃんと載っていて
スタイリッシュだなーと思う、DCブランドちっくなちょー可愛い服もパターンは載ってはいるけど、当時の自分にはまだ響かない。うーん。しかも今はもう着ることができない(涙)。
そして、高校3年くらいの受験の頃には、多分もう購読していなかったんだ、ということがわかる。
でもって、その頃には「ジュニアスタイル」が「Junie」にタイトルが変わって
ふんわりふわふわな、夢のようなガーリーな世界が広がっていくのであった。
私は実人生を生きていて、相変わらずエコノミークライシスな中大学に進学したので、こんどは「ドレスメーキング」というお姉さん雑誌に路線を変えて、キャンパスライフとともにミシンと仲良しライフを送るのでありました。独学極めて、最終的には裏付きの紺の襟なしスーツだって作ったんだぜ、やっふう。
ここまで約6時間、3年とちょっとの雑誌(読みモノはもちろんすっとばした)。
閉館の時間と相成りまして、ごろごろとワゴンを返却しました。
しかし知ってしまった。83年「ジュニアスタイル」の頃には、まだ庶民的なだっさい黒髪をむりくり聖子ちゃんカットにして横に流すのに人生賭けていた少女をターゲットにしていたのに
静かにバブルを迎える86年「Junie」になるころには、モデルのJuneちゃんやTinaちゃんみたいになりたい、と髪をねじって巻いて、ふわふわロングにしたい、みたいな夢見る少女のための雑誌になっていた。なんという変貌。恐るべき経済成長、おそるべしバブル。
ほんとうに、手元に持って眺めていたいくらい可愛らしい時代を、私は確実に生きていた。
だからこんなバブル女に…って、まあそれは時代だから。
今の子が見ても、絶対可愛いと思うんだ。惹かれるかどうかは別として。
観賞用雑誌。見たくなったら、国会図書館へ。
あ、
ジュニアスタイル時代に、ジョン・クリーズ似と夏目房之介似のハーフの女の子がいました(笑)。
可愛いんだけど…男顔な。
私もジュニー買っていました!
そして国会図書館に読みに行こうと思いつつなかなか実行に移せていません(^_^;)
近所の図書館に移送してくれないかと聞いてみましたがやっぱりだめでした・・・。
またジュニアスタイルorジュニーネタ、楽しみにしてます♪