2011年03月31日

つかさん、本当にありがとうございました

先日NHK-BS2で、つかこうへいさんの特集番組が放送されました。
以前「スタジオパークでこんにちは」にクサナギさんが出たときには情報持ってなくて、朝野麦峠へ向かう電車待ちしながらじたばたしました(そしてその番組は心優しい友人が手配してくれたもののうちの環境が障害となりまだ観られておりません・滂沱の涙)
私のHDDは2003年に買ったものがとっても丈夫で壊れなかったので、まだ活躍しているのですが、「ちでじ?なにそれあたしわかんないし」って言って、2011年現在色々と問題が発生しているのです、が、力技でBSデジタル派をアナログ録画機でRAMに直接録る、つうすんごい力技方法で保存できました。

涙で放送がよく見えなかったです。女房が泣いているので相方は途中退場しました…

そも、私は学生時代からお芝居が好きで、社会人になってから頻繁に劇場に足を運ぶようになりました。「演劇ぶっく」っつう雑誌もよんで、ああ、これ観たかったなあ、とすごく惹かれたのが「飛龍伝90 殺戮の秋」(筧利夫富田靖子)でした。
そのあと数人の女優で飛龍伝は再演され、やっと私がみることができたのは石田ひかりバージョンでした。
・・・美智子(主人公)なぜしゃべらない・・・正直がっかりし、心の中で悪態つきながら劇場をあとにしました。


月日は流れ、子供の頃ジャニーズアレルギーだった私は、いつの間にかすまっぴにどっぱまりし、気付いたら吾郎さんの「広島に原爆を落とす日」のチケットがなぜか手元に4枚、つう「ファンの世界」に足を取られておりました。吾郎さんのディープ山崎のラストの長台詞も鳥肌で、私無駄に暇だったのか(?)調べて初演当時の風間杜夫の特集が載っていた女性週刊誌探しに、国会図書館まで出向いた覚えがあります。

いやに前振りが長いです。

それから間もなくして、クサナギツヨシが蒲田行進曲でヤスを演じるという情報が。
ある金曜日、ミュージックステーションで、からっからにかすれた声で「僕、お芝居の稽古しているので」と言っていたクサナギさん。その日は通し稽古を2回やったそうで。
おいおい、開幕前から声枯らしかよ、と思ってしばらくしたところへ、当時OLやりながら某劇団のお手伝い嬢をやっていた妹から電話が。

「よかったね、クサナギ、いい役なんでしょ?ナントカさん(芝居フリークのお手伝い仲間のお友達)が言ってたよ。つかさんは、どんなに有名で人気のある俳優でも稽古で下手くそならその場でばしばしに台詞削っていくんだって。クサナギ声枯れてたんでしょ、ナントカさんがTV観ててね、ああ、あの声の枯らし方はクサナギくんいっぱい台詞があって、鍛えられてるんだなって。つかさんに買ってもらってるんじゃないの?って言ってたよー」

その時点での、他の誰のものよりもおおきなおおきな褒め言葉でした。多分泣いたぜ。
(サラダひかりが台詞がなかったのはそのせいだと・腑に落ちた瞬間でもありました)


「銀ちゃんのアップ撮れましたか」
「銀ちゃんのアップ、かっこいいもんね」
「おれ、銀ちゃんだーいすき!」


クサナギ史上に燦然と輝く、この名台詞が生まれる瞬間を観ることができた。

クサナギが楽しそうに稽古していたのはともかく、つかさんがすごくすごく、嬉しそうだった。
そして、メディアに「彼は天才」と発言してくれた。翌月曜日のワイドショーもスポーツ新聞も花盛りだった。

あの時ワイドショーとか録画した画像はとっても粗いけど、宝物です。
1999年と2000年があって、それまで私の閉じていた世界が開いた感じ。
しばらく足が遠のいていた劇場にあっちこっち飛びまわったのも、この時からです。

時間が過ぎるのは、時に無情に早いけれど
人生は、積み重ね。お芝居はあたしの人生の土台で、ものすごくがっしりと支えてくれている。

つかこうへいさん、私は1990年からしか存じませんでしたが、本当にありがとうございました。
あなたと過ごした日々はクサナギツヨシさんの根幹になっています、これからの彼の役者人生を見守っていて下さい。心から。



posted by NEMUKO at 13:15| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | クサナギツヨシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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